Column
Photoshop world Reportage
     
  永戸鉄也 [Collage]  
vol.3 [転機 ]
 
       
UA が僕の描いた絵を気に入ってくれた。そこから交流が始まったんです
ライヴアルバム『la』
(2004年10月リリース
UA×菊地成孔アルバム『cure juzz』
(2006年7月リリース)
UA アルバム『Golden green』
(2007年6月リリース)
PW「UAと出会ったきっかけというのは?」

NT
「ミノリ&ゾレンがAD をやってたUAのベストアルバム(『Illuminate ?the very best songs? 』)の中にイラストを描くことになったんです。で、撮影の現場でもそのイラストを背景に貼った状態でUA の写真を撮りたいということになって、そのときにUA が僕の描いた絵をすごく気に入って… 彼女も(それまでのイメージから)変わりたかったときに、いままでの流れと違った絵だったのがよかったみたいで、そこから交流が始まったんです」

PW「そういうきっかけだったんですね」

NT「それからアルバム『SUN』のツアーのアートディレクターとして呼ばれて、映像をやったり。それもかなり変わった映像だったんですけど、評判もよく、そのままこのライヴ盤(※『la』)のジャケを作って。それで以後のジャケットまわりをほぼやってるんです」

PW「その最初のSUNツアーが2004年。けっこう最近なんですね」

NT「最近なんですよ、完全に音楽の方で仕事が回り始めたのは。UAのツアーをやったときのいろんなスタッフとのつながりで、今度は初めてCM の仕事をやったりPV の仕事をやったり。それまでもPVのディレクションをしたこともあったんですけど、結構いいところまでやってるんだけども後に繋がらなかったりして。でもここでやっと、いろんなものが繋がって、自分をオーダーしてくれる人が出てきたっていう。変わったんですよ、2004年に(笑)」

PW「それは何なんですかね?たとえば櫻井さんのときはポートフォリオが相当凝っていたとか…」

NT「いや、全然そういうのじゃないですよ。デジタルのコラージュ作品ばっかりが載ってるもので。ただ、(担当者やアーティストに)会ったときにデザインから何からすべてできますって話しをしてーーー櫻井さんのソロプロジェクトのヴィジュアル・コンセプトを書いて見せたり。櫻井さんのBUCK-TICKとソロとのキャラクター作りの違いみたいなものとか。それでこいつ面白いなって思われたのかもしれないですね」

PW「なるほど…」

PW「あと、そのときギリギリまで来てたっていうのもひとつあるかもしれないですね。前のインタビューにもありますけど、作品の内容云々じゃなくて実際仕事が取れないっていうところで、子供もいるし、いくらやってもダメなものはダメだろうっていうのが最後にはあって。それでバイトを見つけて働き始めたんですけど、二日目くらいで状況が変わって、すぐにバイトをやめて、UA のツアーに出て。でも櫻井さんのをやってるときも、はじめは(手許に)お金が全然なかったんですよ。それで人に金借りて(笑)、それくらいの状況からダーッと変わっていったんです」

PW「すごいですねえ」

NT「何なんですかねえ? だから、それくらい追い込まれないと、人間、変わんないんじゃないですかね?(笑)」

 
今回はノーカット版でお届けします。
 
永戸鉄也
 
永戸 鉄也:
アーティスト・アートディレクター・グラフィックデザイナー。1970年東京都生まれ。高校卒業後渡米。帰国後、96年より、音楽、書籍、広告の分野でアートディレクション、グラフィックデザイン、映像制作に携わる。2003年、第6回文化庁メディア芸術祭デジタルアート(ノンインタラクティブ)部門・優秀賞受賞。同年、トーキョーワンダーウォール公募2003・ワンダーウォール賞を受賞し東京都庁での個展を成功させるなどその活動は多岐にわたる

>>www.nagato.org/

       
< Back  |2  Next>
   
 

このページをブックマーク